僕のオタク・サブカル思い出(20)

  コナミからリリースされた「ときめきメモリアル」は、1994年にPCエンジンで発売しマニアからの人気を獲得、翌年の1995年10月のプレイステーション(以降PS)版が話題となり以降シリーズ化していく人気タイトルです。
 94年の夏頃にPSを手に入れたものの、ゲーセンで格ゲーのほうが魅力的だったのであまり稼働させていなかった時期だったんですが、いろんな人からおすすめされてお借りしてプレイしたら、まずゲームとして面白かったうえ思春期だったこともあり完全にどハマりしてしまいました。ちなみに当時の僕の推しは紐緒結奈でした。
 ときメモ、まず育成ゲームとして完成された内容でしたよね。細かいゲームの面白さは専門の記事にお任せするとして、仲良くしたい女の子とだけ関係を築きたいのに一方的に好感を持たれては爆弾が爆発して・・・みたいなのを経てどうやってパラメータを調整するかとか、そのあたりのバランスがとても良かった。
 で、僕はアニメ全然見てなかったのと、いわゆる恋愛モノは「自分がそういう市場では見向きもされない」と最初からあきらめてたんで、マンガのキャラの誰が好き~とかいうのも感覚が薄めだったんですが、そういうのもときメモで完全に開いてしまいました。いかにもアニメ声っていう高い声の人が少なめだったのも良かったです(今でも結構苦手なので) それとシナリオがラブコメ色が強かったのも抵抗感が薄くなったのが良かったなと。

 一緒に同人誌を作ってたY君も当然ハマっていたんで、二人で「じゃあ今度はときメモやるか!」というノリになり、僕はいつも以上に気合をいれて漫画を描こう!と数ページ描いてみるんですが、まあ多少は成長してるけど絵が相変わらずひどい。これだと読む側がキツイよなあと思案しているとことで、あることを思い出しました。

 さかのぼること中学2年生のあたり。僕に電気グルーヴを進めてくれたC君も、ローカル深夜ラジオ「ラジオジャック」のリスナーでした。ですが彼は同い年にしてはやたらと番組の内容に詳しく、さらに幅広い深夜ラジオの話もいろいろ聞かせてくれるのです。C君すげーなと思ってたある日、何気なくC君から「うちの兄貴、ラジオネームがFK(有名漫画のキャラから取ってるラジオネームで混同しそうなのでイニシャル表記)なんだよね」という話を聞かされてびっくり。その人、番組内でも結構有名なリスナーでイラストも上手だっていう話だったんですよね。
 その後C君宅で遊んでるときに一度お部屋にお邪魔したことがあり、ご本人の綺麗なイラストと、おそらく交友関係のある絵描きの人とかからもらったであろうイラスト(たしかいくつかはFAX用紙)が壁に貼られているのをみて「描ける人ってこんな身近にもいるんだ」と思った記憶があります。

 ・・・そういえばFKさん今何やってるんだろう、せっかくだしC君経由で一度お願いしてみるか、と普段発揮しないような行動力が突然発動し、別の高校に通ってたC君に連絡を取ってFKさんと久しぶりのお会いすることになりました。
 なんも実績のない弟の友達に突然イラストの依頼を受けたFKさん、「俺も遊んでみたかったんだけどうちにPSが無くてやったことないんだよ。2週間本体ごと貸してくれたら描くよ。」と快諾してくれました。なんという幸運!そういうことで早速PSとソフトをお渡しし、約束の日までしばらくドキドキしながら待機。
 2週間後FKさんにお会いしたとき、すでにFKさんは対象となる女の子全員のエンディングを見終えた状態でした。早!てゆうか詩織もクリアしたんだすげえ! FKさんはニコニコしながらイラストを提出してくださり、「いやー全員のエンディングをビデオに録画しちゃったよ。面白かった!」とのこと。そんなに楽しんでもらえたなら光栄です(僕が作ったわけじゃないけど) 余談なんですが、本体と共に貸し出ししたPSのメモリーカードにはその際のデータが残ってたんですが、紐緒さん攻略時の主人公の名前の設定が名前がアレだったりして、さすが電気のラジオ聞いてるだけはあるな・・・と変な感心をしてました。

 そんなこんなで発行したときメモ同人誌。まあ表紙を僕が描いたんであんまり売れなかったんですけど、でも「この本の中にFKさんのイラストあるんだぜ!」はそれだけで宝物のようでした。余談なんですが、FKさんはこの時期すでに商業誌デビューしており単行本もあったと記憶しています。そのあたりの事情を知らずにイラストをお願いしたガキンチョにも優しく接してくれたのはうれしかったな。そのあとなんか妙に仲良くなって、C君のベッドの上でプロレス技のかけあいをしたらC君のベッドをブッ壊したりもしたし(C君あの時はマジでゴメンね) それ以降20年以上お会いしてないけど、今もお元気してらっしゃるだろうか。

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