僕のオタク・サブカル思い出(27)
以前よりそういう世界があることは知ってはいたものの、高校生になってY君から誘われたことで初めて飛び込んだ「同人誌即売会」の世界は、89年のあの事件以降自分がひた隠しにしてきたオタクというアイデンティティを全部開放しても大丈夫な場所があるんだ!という喜びに満ちたところでもありました。それは会場に居た多くの人が同じ思いだったんじゃないかなあと思います。 僕が即売会に出入りするようになった最初の1年は、数か月に1回どこかの個人開催のイベントに参加するという感じでしたが、当初は殆どが那覇市教育福祉会館、たまーにJA会館(当時は楚辺のほう)だったので、大体はNEXTのみんなが行くので、誰かの車に便乗して連れてってもらうという感じでした。「沖縄オタククロニクル」で記述のあるVAIOは僕の認識では「沖縄最初期の同人誌即売会」という印象だったんですけど、そもそも出発点が違うというのは驚きでしたねー。 以降、多分95年くらいからだと思うんですがスタジオYOUの「おでかけライブ」が定期開催として定着して以降は個人による開催は殆ど無いのではないかと思います。那覇市民会館が定例で、年に1~2回沖縄コンベンションセンターで開催するのが00年代頭くらいまでで、以降は年4回くらいコンベンションセンターという感じですかね(そういえば隣の展示棟でもやってた時期ありましたね) おでかけライブが定着する前後くらいから、如実にコスプレをする人が増加していたように記憶しています。元々女性の参加者が多いのは地方都市どこも共通していると思うんですけど、コスプレは自分が記憶してる最初のあたりはひと会場に10人いるかなっていうくらいで、だんだんと会場が大きくなるにつれて増えた印象です(コスプレ用のエリアが拡張されていったことと更衣室の確保のノウハウが積み上げられてきた、みたいな要因かもしれない) 男性が中心のサークルは常に少なくて、僕が高校生の頃は大体がNEXTと、ふじまるありくいさん等が所属していた超実力派のサークル「ハンサム団」、あとはガンダム中心サークルっていう看板だったはずの「UC0123」の3か所くらいかな。あとは時々単発で誰かが参加しているか、毎回スペースは取られているのにブースに行くと誰もいない「Macろけ」という謎のサークルも居ましたね(マジであれは誰だったんだろう) 当時もサ...