僕のオタク・サブカル思い出(28)
たくさんの友達と出会い、なんやかんやで青春ぽいことをやりつつ、でも大学受験に大失敗して、僕はようやく高校を卒業します。あまりにも青春の思い出がゲーセンに偏りすぎていて学校で何したかあんまり覚えてないくらいでしたね。 学校で印象的だったのは、高校1年の時の学園祭で、1学年12クラスあった中の10組だった僕がほぼ初めて同級生の前半側のクラスの出し物を見に行ったら、窓ガラス全てに黒いごみ袋を張り付けて目張りし、そこかしこに当時のテクノのレーベルロゴ(RISING HIGHとか)を手書きしたものが張り付けられた謎の教室があり「こんなところにもテクノ聴いてるやついるんだ!」って感動したってくらいです。クラスメイト何人かにケンイシイとか貸してみたけど誰もピンと来てなくて、当時はグリーンデイのコピーバンドとか流行ってたなあ。 ちなみに、高校1年の時に出会い僕を達名に導いてくれたY君は3年間一緒のクラスとなり、高内外でもだいたい一緒に行動していました。一緒にゲーセン行ったり、彼を通じて知り合った他の高校の同級生たちと一緒に遊んだり、彼の参加してる部活のお手伝いをしてたら色々あって部員でもない僕も一緒に東京に連れてってもらったり、たくさんの思い出があるんですが本筋と関係ないので割愛します! 卒業式の後は晴れて浪人生にクラスチェンジしたんですが、卒業と同時にとある短期バイトを紹介してもらい、そのバイト代で達名の常連WさんからYAMAHAのMIDI音源「MU80」を譲っていただきました。 当時のオールインワンタイプのMIDI音源は(詳しいわけではないので間違ってるかもです)GM規格という各社共通の音色セットがあり、その拡張規格としてローランドのGS規格とヤマハのXG規格という2大フォーマットがありました。僕は高校入学時にGS音源のSC55mk-2を持っていたので、MU80が加わることでどちらの規格も(下のクラスですが)使えるようになった格好です。 このMU80の特徴が「外部入力の音声に対してエフェクトをかけることが可能」というもので、いわゆるギターのエフェクターのような役割も持ってたので、この機能を駆使しつつ2台まとめて録音できるようになりました。このエフェクター機能がすごい面白いんですよねえ。おかげで音作りにかなり幅が広がりました。 そのうえMIDI音源はMID...