僕のオタク・サブカル思い出(29)
高校卒業して浪人生になっていた97年頃、我が家についにWindows95が稼働するパソコンがやってきました。当時はまだPC98シリーズで動かしていて、MS-DOSのランチャーでWin95を起動してましたけど、その日から僕も晴れてWinユーザーとなったわけです。
Windowsがやってきた、ということはつまりインターネットブラウザが使えるわけで、やっとインターネットに接続できるようになったんですね。曲だけは先行して2年くらい前から置かれていましたが、その頃にようやくブラウザで自分の曲がどのように配布されているのかを目にすることができました。技術革新!
その当時はNiftyServeのインターネット接続サービスを使用していました(関係ないんですがNiftyは当時アメリカのCompuServeに接続できるサービスがありましたね。一回も使ったことないけど。) あの当時はISDNすらなかったので、画像表示が上からじわじわやってくるというインターネット老害あるあるもこの頃に体験してます。
再三書いているとおり、これまでパソコン通信は特定のホストに直接接続するのが当然の世界だったので、プロバイダに接続するとURLさえ知っていればどこまででも行けるといういわゆるワールドワイドウェブ(WWW)の概念を理解するのにちょっと時間がかかったのを覚えてます。
それと同時に、「特定のホストで特定のユーザーと仲間内の会話を楽しむ」という楽しみ方が普通だったものが、突然全世界が接続できる世界に放り出されたっていう感覚があって、しばらくはなんだか居心地が悪かったですね。
ちょうどこのあたりで、僕がアクセスしていたホストが閉鎖することになり、そこの常連がみんなIRC(インターネットリレーチャット)に移行するっていう話をしていた頃で、新しい技術にワクワクしている常連たちを横目に僕はちょっと居場所を追い出されたような気持ちになっていました。
思えば、あの当時からコミュニティ形成のツールとしてのネットとの付き合いは大体5~6年単位くらいで変化してたような気がします。このあたりから多くの人が自分のウェブサイトを運営するようになって掲示板を設置してましたが、そこから時代が下ると今度はウェブログ(ブログ)ブームがやってきて掲示板の文化も薄れていきました。さらにそこからSNS時代へ突入するんですが、日本ではmixiでクローズドのコミュニティが一世風靡したあとでFacebookやTwitter(現X)に移行していったって感じですね。
当時の僕は、このあとすぐに地元のプロバイダと契約して、そのプロバイダのサービスの中でホームページ用のスペースとメールアドレスを貰えたので、HTMLとちょっとだけFlashを勉強して自分のウェブサイトの運営をするようになってました。
当時のウェブサイトは大概が自分の自己紹介と好きなもの紹介くらいのもんでしたけど(あとはJavaScriptでカウンター設置するとか)、僕はこれまで培った資産である曲を配信する場所としてスタートさせました。その当時のログを読むと、開設したのは98年4月とのこと。もう28年前かあ。
以降のこのシリーズの記事は、当時書いてた日記から関係のありそうなトピックを切り出して書いています。今みたいにWebサービス上で何か書くのではなく、なにかにつけてHTMLで書かないといけない時期だったので今思うと大変ではありましたが、その分の思い入れは大きかったなあ。しかし当時の文章がイタくて読み込むのに時間がかかる・・・できれば読み返したくない・・・。
今の20代前半くらいの人には想像できないだろうけど、Googleのように広大な情報資産を持っているところはまだメジャーではなく、当時の検索サイトは「登録されたウェブサイトへのリンクを検索キーワードに沿って表示する」というのが基本だったので、Yahoo!を利用してたのって結局最初の数か月くらいで、あとは誰かのサイトにあるリンク集から次のサイトへと渡り歩いていくっていうのが普通でした。
なので、同じ趣味を持った人であることを示すアイコンをウェブサイトに貼り付ける「ウェブリング」という文化もありましたねえ。矢印のアイコンを押すとウェブリングに登録されている別のサイトに移動したり、アイコンをクリックすると同好の士たちが運営しているウェブサイトのリンク集が表示されるようになっていて、そこからお互いに交流するっていう時代でした。懐かしいねーって思った人の9割が40代中頃くらいだと思いますが、あなたは自分のホームページに何貼ってました?