僕のオタク・サブカル思い出(26)

  僕が高校生の頃、入り浸ってたゲーセン「達人と名人」(通称「達名」)だけでなく、県内にはたくさんのゲーセンが生まれては消えていきました。高校1年生の夏にはカプコンから「ヴァンパイア」、SNKから「THE KING OF FIGHTERS 94」の稼働開始で世は格闘ゲームブームの真っただ中!という印象でしたね。また前年末にはセガから「バーチャファイター」が稼働してましたが、94年にはナムコから「鉄拳」も稼働開始となっており、3Dでも格ゲーブームに火が付き始めていたころです。
 あの頃に出た格ゲー、いろんなタイトルあったなあ。登場キャラ全員濃い「ファイターズヒストリー」、大味で面白い「ワールドヒーローズ」、なんでグローブにブーメラン?の「風雲黙示録」シリーズ、全員おかしい「ブレイカーズ」、気持ちいいぐらい振り切ってる「大江戸ファイト」などなど。僕はブレイカーズでピエール使ってました。

 達名ではそのころからカプコンの「ヴァンパイア」シリーズと「X-MEN」以降のマーヴルシリーズはもちろん、SNKのKOFシリーズや「サムライスピリッツ」シリーズ等もちゃんと時世に併せて取り揃えており、常に対戦台が大賑わいでした(以前書いたとおり対戦台が1階と2階に分割されているためケンカになりにくいという特性もありました)
 あと、来兎さんの策謀によりカプコンの「シークレットファイル」も購入できる数少ない店舗にもなってました。シークレットファイルは当時のカプコンが各ゲームごとに発行していた小冊子で、ゲーム雑誌にも載らない公式のイラスト等が山盛りだったので、特にストリートファイターシリーズや「クイズなないろDREAMS 虹色町の奇跡」はみんなゲットしてましたねー。

 沖縄市内は相変わらずコザ十字路と胡屋十字路近辺にゲーセンが集中してましたが、胡屋はタイトー直営とセガ直営があったので大型筐体もそれなりに遊べる環境がありました。
 コザ十字路では達名と、路地裏側にあった「サファリ」、大通り側に「チャンプ」の3店舗が比較的ににぎわっており、96年くらいに「バトルテックビート」ができたのかな。そこから胡屋方向に行くと現在はユニオンスカラコザボー店になっている「コザボウリングセンター」がありました。いわゆるボウリング場ゲーセンですね。

 胡屋十字路は先ほどの直営店のほか老舗の「ヤングパレス」や「ヤングチャンプ」(入口すぐのところにボロッボロのゲーメストが山積みになってて読み放題だった)など個人経営のゲーセンが元気でした。あと94年くらいには中央パークアベニューに「テクモピア」があって、半地下がサブウェイでその上にテクモピアという謎の構成でした(スターブレード置いてた) そこから諸見里の方に南下するとバス停のところに「エンデバー」っていうゲーセンはあったんですが、当時から治安が悪いことで有名だったため入れずじまい。また、胡屋十字路から泡瀬方面に下ると安慶田の方に「ガリバー」というゲーセンがあり、そこに格ゲープレイヤーが集っていた印象があります。
 そういえば、沖縄市でも北の方の池原には「ナムコスーパーボウルGX」というナムコ直営のボウリング場があり、そこが沖縄で唯一「ギャラクシアン3」を稼働させていたゲーセンになってました。大人気なうえ1プレイが高額だったため僕は遊んだことないんですけど、アタックオブゾルギアが稼働してたのは確認してます。沖縄市はこういうボウリング場のおかげで東海岸側以外はかなりゲーセンが充実しているところでしたねえ。

 うるま市方面はゲーセンはそれほど無いんですが、「ヨナシロ家具」という家具屋さんの駐車場の端っこのプレハブとか、サンエー赤道ショッピングタウンの中のゲームコーナーみたいなのは点在してました。安慶名の方には「MISSION」っていうゲーセンがあったのは記憶にあります。あとは現在のみどり町のうるま市庁舎近くにあった旧トイパラダイスの中にもゲームコーナーがありましたね。安慶名城跡の近くにあった「ポリタン」はそのころにはもうあったのかな?
 あと現在は同じうるま市ではあるんですが、旧石川市地区にはゲーセンが無かったという話を昔聞いてたんですけど、「沖縄のゲーセンクロニクルマップ」では格ゲーブーム時代には数店舗あったっぽい情報はありますね。

 北谷町は「北谷ボウル」のゲームコーナーとか、西海岸側の「砂辺スポーツランド」のゲームコーナーは行った記憶があります。58号線沿いのハイテクセガは93年頃から存在していたそうなんですが、そのころは行ったことないかも。北谷町のゲーセンはもうちょい年代下って音ゲーブーム時代くらいの方がにぎわってた印象があります。

 その当時も僕は那覇にいくと「ゲームインナハ」の方にばっか行ってました。お目当ては店頭側に設置してあったレイブレーサーで、あそこの台はやたら音量大き目にしてくれてたので最高だったんだよなあ。あとは格ゲーブームくらいの頃には怖いお兄さんとかはかなり少なくなってて、1階の対戦台で遊ぶ分にはごくたまにしか絡まれない(ほんとに稀にアカン感じの人がいた)という印象かなあ。あと、そのころにもひと世代上の人がよく話をされる「国際ショッピングセンター」がギリギリ存在してましたけど、ゲーセンは無かったような気がする。
 あと国際通りでは、同世代の沖縄のゲーム好きオタクなら大体知ってる山形屋屋上のナムコキャロットがありましたね。そこはナムコ直営というのも当然なんですが、そこの常連さんからイラストレーターや漫画家が全国に飛び出していったことでも有名でした。たしかそこもコミュニケーションノートが置いてあって、すんごい上手いイラストを眺めるのも楽しみだったな。

 開南通り側にもいくつかゲーセンがあって、複雑な地形に食い込むように小さいゲーセンが点在してたという記憶です。閉店の際にローカルニュースで報じられて話題となった「ゲームインナハ2」もこの近くにあるゲーセンでしたね。インナハ2は僕が初めて「クレオパトラフォーチュン」をプレイしたゲーセンでしたねえ(遠い目)

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