僕のオタク・サブカル思い出(17)
高校に入って初めて出来た、別の中学から来た男子のY君の紹介で、学校から歩いて5分ほどのところにある小さいゲーセンに連れていかれました。そのゲーセンは「達人と名人」という不思議な名前で、明らかに2階建の民家を改造した店舗でした。
出入口横には壁を無理やり取り払って設置されたUFOキャッチャーがあり、扉を開くと狭ーいスペースの左側に6台のアップライト筐体、右手にテーブル筐体が2台。奥に2階への階段があり、その下のスペースが店員用の部屋と駄菓子の陳列棚。
なんかとんでもない手作り感のある店だなあと思いながらアップライト筐体に目をやると、スト2ターボで小学生が対戦をやっていて・・・あれ、でもこの筐体の向こう側って階段と店員用スペースしかないし、かといって一台で2人を操作している風でもないな、これ誰と対戦してるんだろ?
「ああこれ、実は2階にある台と繋がってて、1階と2階で対戦できるようになってんのよ。だから相手は今2階に居るよ。」
Y君の説明を聞いてもいまいちピンと来なくて、半信半疑でめちゃくちゃ急で狭い階段を上っていくと・・・ホントに2P側の筐体が2階にあった!マジかよ!この1階と2階を繋いだ対戦台、この店以外ではさすがに見たことない珍しすぎるセッティングでした。2階は1階とリンクした対戦台が2台と、もう2台がその時はたしかエイリアンVSプレデターの4人同時プレイできる台、そして別の壁側にはこの狭いスペースにどうやって運び込んだのか想像もつかないセガのメガロ50。何ここ。カオスすぎる。
カルチャーショックにクラクラしながら階段を下りてしばらく店内を眺めていると、Y君が「これこれ」とノートを差し出してくれました。オタクがあつまるゲーセンにはつきものの「コミュニケーションノート」ですね。そこには常連が絵やメッセージなどを気軽に書き込んでいる様子があり、特に荒れるでもなく和やかに交流しているのが見て取れました。
こぢんまりとしていて居心地は良いんだけど、常連の結束が固そうでコミュニティに入るのが容易ではなさそうな雰囲気を察知し、また気が向いたら来るわーとY君に挨拶してその日は帰宅。しかし変なゲーセンだったな・・・。
で、高校1年の夏休み。僕は達人と名人ではなく、胡屋十字路にあったタイトーパセオに通い詰めます。理由は「レイフォース」。レイフォースはタイトーからリリースされた縦スクロールシューティングで、ロックオンレーザーという特殊なシステムとカッコいい音楽で人気のタイトルです(サントラが中二心をくすぐるゲームの世界観を描いたライナーノーツ付きだったことも人気に拍車をかけていました)
僕はあの当時のナムコとタイトーのサウンドに全幅の信頼を置いており、パセオの向かいにあった照屋レコード店というレコードショップにサントラが入荷されたらゲームやったことなくてもとりあえず買って聴いてみる、ということを繰り返していたんですが、レイフォースのサントラはその中でも一番のお気に入りでした。
ゲームも当然面白いんですがSTGについては下手の横好きだったのでクリアまではいけませんでした。それでも夏休み中は遊び続けてかなり後半までいけるようにはなってましたけど、そのときの行動パターンが「2日に1回は300円だけ持って昼の11時くらいにはパセオに行き、レイフォースを1回プレイ(AREA6まで大体20分くらい)してゲームオーバーになったら席を離れ、店内の別のゲームをプレイするでもなくゆっくりデモ画面を眺め、30分くらい経過したところでもう一回プレイ、というのをお金が無くなるまで繰り返す」という・・・何でしょうね、どうオブラートに包んで言ってもこれは不審者じゃん?っていう感じの居座り方。
ほんでヤンキーカップルの男が店のハイスコアを更新したのをみると、僕はその後ろから覗いてロックオンレーザーのコンボパターンを盗んで研究しスコアを抜き返す不毛なデッドヒートを展開してましたね。いやー高校生らしい無駄な時間の過ごし方ですわ。
ちなみにそこ、たしかゲーメストのハイスコア協賛店になっており、店内の柱に各ゲームのハイスコアが掲示されていましたが、夏休みが終わるまでにそのハイスコアを抜くことができなかったのが心残りです・・・。
あまりにも陰キャすぎる夏休みが終わって2学期に入ったとき、改めてY君に「達人と名人行きたいから一緒に行こうぜ」と誘い、そこから5年ほど僕のホームのゲーセンは達人と名人(通称「達名」)となり、いよいよ僕の青春時代がスタートしたのです。
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