僕のオタク・サブカル思い出(16)

  中学3年で吹奏楽部に所属し、生徒会役員を押し付けられ、なんか断れない空気を作られて校内合唱コンクールで独唱し、ギリギリ席次30位前後をキープしつつも低空飛行の学力の低さをカバーするべくヤンチャな奴がひしめく学習塾に押し込められ、その秋頃に導入された高校推薦入学制度に申し込んで「まあそれなりの実績はあるからなんとかなるだろう」と臨んだ面接で高校の先生から質問もそこそこに「うんまあ君の成績なら一般入試でも行けるよ。じゃあこれで終わりね。」とあっけなく落とされ(代わりに運動部を強化したかった高校側の意向により僕より成績が結構下だった運動部員が15人くらい合格してた)、大人への不信感という中学生らしい感情が芽生えつつ、なんとか高校受験を突破。なんか中2の冬から異様にスケジュール詰まってて長かったな・・・。

 高校入学のお祝い金をいろんな人から頂いたので、僕は一念発起して「作曲のためにMIDI音源を買おう!」と父の知り合いのカメラ屋さんに注文しました(思えばあそこで注文した最後の商品だったな)
 僕が欲しかったのはモジュールタイプという鍵盤のない音源のみの箱型のものでした。僕が当時買ったのはSC-55mk2というローランドの音源とソフトが同梱された「ミュー次郎55」で、届いてからしばらくは付属のソフトを使って曲を作ろうと奮闘してみたんですが、そのソフトが「楽譜をそのまま打ち込みできる」という触れ込みではあったものの非常に使いにくく、結局僕はそこから1年くらい寝かせてしまうことになりました。

 僕が通ってた高校は市内ではミドルクラスの学力で、ひと学年12クラスとかあるすんごい大きい高校でした(交流はなかったけど定時制もあった) 学食がおいしいことでも有名で、実際お昼時間になると弁当屋さんが中庭にひしめき合っていたうえ、正門向かいに安い弁当を扱う小さいスーパー、裏門を出てすぐのところにもお弁当屋さんがあるという、食生活に関しては沖縄最強と言っていい高校でした(この話は本編と関係ないです。自慢したかっただけです。)

 高校から自宅までの道すがらにブックボックスという書店+レンタルビデオ・CDショップのチェーン店がありました。そこ、何故かTM Networkの「DIVE INTO YOUR BODY」の非売品シングル(DJ用にトラックの前後が長くなってるやつ)がレンタルに出てたのが印象的でした。ちょうど4/21にTMNの最新シングル「Nights of The Knife」がリリースされたばっかりで、そのシングルのジャケットは横開きに展開される特殊装丁になっており、これまでリリースされた全てのシングルとアルバムが掲載されていて、その中に先述のシングルのジャケが無かったんで「不思議だよなー」ってくらいに思いつつ、雑誌コーナーでGB(ソニーマガジンズの音楽雑誌)の最新号をめくると、

 「TMN活動終了宣言」

 ・・・頭が真っ白になりました。えっ、あのシングルの装丁って最後のシングルだから全部載せてたってこと?マジで? 人生で初めて「大好きだったバンドが解散」(正確には違うんだけど)というイベントに直面し、その年のゴールデンウイークはどんよりしながらTMの曲を聴きまくっていましたね。

 そんな心の傷が癒えた6月頃、学校では球技大会が開催されていたんですが、そもそもインドア派の僕は得意なクラスメイトに任せて教室で中学から一緒の友達(中学の合唱コンクールにB'zの当て振りやった奴)と「B'zがこないだテレビ出てたよなー!カッコよかったよなー!」などと談笑していました。すると「今B'zの話してたよね?俺も好きなんだよね~」とクラスメイトの男子が輪の中に入ってきました。高身長でぬぼーっとした風貌の眼鏡の彼はY君、中学の学区が別だったので全くパーソナリティを知りませんでしたが、色々話しているうちにゲーム好きということもわかり、あっという間に仲良くなりました。

 そのY君、球技大会から少し経った1学期の最後のあたりで、おずおずと「あのさあ・・・ゲーム好きでマンガも好きじゃん、こういうのも興味ある?」とカバンから取り出したのは、だれが描いたのかは不明だけど明らかに印刷物じゃない手書きの女の子のイラスト。
 「実はさ、学校からちょっと行ったところにいつも行くゲーセンがあるんだけど、そこにみんなが描けるノートがあって、そこでみんなで絵を持ち寄ったりしてるんだ。今度一緒に行かない?」
 この誘いが、僕のこの後の人生を決定付ける出会いにつながります。

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