僕のオタク・サブカル思い出(11)

 中学2年の3学期修了式を迎えるあたりで、父が東京出張でのお土産でモデムを買ってきてくれました。モデムとは電話などのアナログとPCで扱うデジタル信号を相互に変換する機械なんですが、これで何をするのかというと「パソコン通信」です。
 今あなたがこれを読んでいるインターネットは「個人の端末からプロバイダ(ISP)に接続し、プロバイダ経由でインターネットを形成するワールドワイドウェブ(WWW)に接続している」ってことなんですけど、WWWは世界各地にあるサーバー等が常時ネットワークに接続しているので基本的にいつでもどこからでもアクセスできる状態なのに対し、パソコン通信はざっくり言うと「特定のホスト(今でいうサーバー的なもの)に直接電話をかけて接続している」というイメージですね。
 僕が始めた当時はホスト同士の相互接続というものはなくて、各ホストに自分でダイヤルする必要があったのと、NiftyServeのように企業体が運営する大手のホスト以外に、個人がホストを立てて公開している「草の根BBS」(当時は電子掲示板がメインだったためBBSと呼称されていた)が無数にあって、利用者の多くはそっちを使うことが多かったように思います。

 モデムをRS-232Cケーブルで繋ぎ、接続用のソフト「まいと~く」にホストの電話番号をセットしアクセス開始、モデムがホストに電話をかけて向こうから「ビィーギョギョギョギョー」みたいな音で返ってきたら接続成功、みたいな感じです。僕らくらいのおじさんだとFAX送るときのアレと大体同じですね(これも下手するとこれ書いてる時点での20代は知らない可能性大なんだよなあ) で、大手ホストは何回線もあるので意識することは少ないんですが、草の根BBSは個人運営なんで「自宅の電話回線を22:00~翌朝8:00まで解放してホストを立てている」ってのが普通で、なので誰かが接続しっぱなしだと他の人は通話中でログインできない!なんていうトラブルもよくある話でしたねえ。
 で、ホストと接続している間は電話をつなぎっぱなしにしている状態なんで、今のSNS使ってるノリでつなぎっぱなしにしていると後日とんでもない金額の電話料金が請求される!というのがまあ当時のあるあるでしたね。テレホマンって知ってます?

 たしか当時のまいと~くには電話帳的に、当時の各地域の主要な草の根BBSも登録されてたんで、僕は初めてのホスト接続に沖縄のSというBBSを選択しました(すみません正式名称を失念したのでイニシャルにしてます)
 あの頃のBBSは概ね、話題毎に分けられた掲示板、チャット(今で言うSMSやLINE)、時差チャット(チャットの体裁だが1行掲示板みたいなもの)、電子メール、ソフトやデータのダウンロード・アップロード、の5つがメインの機能として備わっていました。僕は勝手もわからないままユーザー登録で真面目に本名と住所と電話番号を登録してID発行、そのまま掲示板で「初めてパソコン通信やりました。中学3年生になります!」と個人情報丸出しの投稿をし、これなんか浮いてて文句とか言われたら嫌だな・・・と急に怖くなって早々に切断。ドキドキのネットワーク初接続は1993年3月15日だったと記憶しています。

 翌日、ドキドキしながら昨日の掲示板をのぞいてみると、そこの常連の皆さんからの温かい返信がいくつか返ってきていました。常連さんは30歳前後の人が中心だったのと、沖縄なんて辺鄙なところでパソコン通信やってる中学生がもうひとり増えたぞ!という話題にもなってました・・・えっ、もうすでに一人いるの?!
 そんな投稿の中で、ホストの管理者から「ソフトは何を使ってるの?」との質問があったので「まいと~くです」と答えると、「あーそれ使いにくいし電話代かかるから、明日の夕方ご自宅にいるならソフトのセットアップに伺いますね」との返答。心強いサポートの申し出があって嬉しくなり「お願いします!」と返事したあとで「・・・えっ、伺います?」
 大慌てで両親に「こういう経緯でソフトをセットアップしてくれるっていう話になったんで人が来るよ!」と説明したものの、僕ふくめてパソコン通信というものがまだよくわかってない家族は「?」のまま。そして翌日、予告していた時間ぴったりに自宅に訪れたのはやはり30代くらいのにこやかな男性。そしてうちの親に丁寧なごあいさつをしていただいた上で颯爽とパソコンの前に座り、主要なソフトのセットアップを済ませ、使用方法の説明までキッチリこなしたあと、「では失礼します」とにこやかに去っていったのでした。所要時間は30分程度。家族全員が狐につままれたような気分でしたが、ともあれこの日から僕のネット人生が本格的にスタートしたのです。あの日丁寧に対応してくれた管理者さん本当にありがとうございました。