97年末ごろ、友人から「宜野湾のイーグル2(国道58号線沿いにあったパチスロ店と併設のゲーセン。すでに建物ごと消失)にDJシミュレーターっていうゲームが入ったらしいぜ」という話を聞きました。この当時はDJ経験はありませんでしたが、いちおうダンスミュージックの素養はありましたので是非見に行きたいとなり、さっそくみんなでゲーセン遠征。 そこで待ち受けていたのはコナミの「ビートマニア」でした。ビートマニアはゲーム好きならもはや説明不要の、現在の音ゲー界隈の原点ともいえるゲームです。当時の筐体は5鍵盤+右側ターンテーブルの構成で、最初のバージョンは全9曲、しかもステージ事にジャンルの縛りがあり、判定も結構シビアでした。最終ステージに待ち構える「20,November」の難しさは何度も泣かされましたね(でも曲の良さがそれに勝っていた) まあ正直、最初のバージョンは曲数が少なかったうえに難易度も高めで、おいてるゲーセンも結構遠かったということもあって数回しかプレイしたことはありませんでした(内心「いやDJってこんな鍵盤使わんよ」みたいなのもあって若干バカにしてたのはある) 数か月後、沖縄市の「ジョイジャングル」というゲーセンにビートマニアの次のバージョン「2ndMIX」が稼働していたので久しぶりにプレイしてみたら、曲が3倍くらいに増えてたうえ、収録されていた曲の中でもひときわ「OVERDOSER(driving dub mix)」の出来が異様に良くて、ちょうど「BERLIN TRAX」(石野卓球)でインダストリアルなテクノに目覚めていた僕は強烈なパンチをもう一発浴びたような気分でした。以降、僕は曲を聴くために音ゲーを遊ぶようになります(今でも続いてるので、もうそろそろ30年くらい音ゲーやってますね・・・) 初代ビートマニアが稼働開始した頃のゲーセンなんですが、格ゲーブームの絶頂期から少し落ち着いたくらいのところで、その他のトピックだと「怒首領蜂」のヒットに代表される所謂「弾幕系」シューティングゲームが猛威を振るい始める頃です。ゲーセンはまだまだレバー+ボタンのアップライト筐体が大部分を占めていて、店の外側にクレーンゲームとプリクラが稼働しており、格ゲーブームの最初の方と比べると段違いに明るい雰囲気に変わっていました。 その中にやってきた音ゲーなんですが、ゲ...