僕のオタク・サブカル思い出(10)

  多感だとされる中学生の時期、僕は後の自分に大きな影響を与えたものに出会いました。それは、次兄が嘉手納基地で当時開催されていたフリーマーケットで買ってきた、その頃アメリカで流行ってる曲を集めたカセットテープから流れてきた「James Brown is Dead」(L.A.Style)です。

 べろんべろんの酔っ払いが路地裏で「ジェームス・ブラウンは死んだ!」と喚いていた事にインスピレーションを受けて作られたとされる、当時的な表現で言うところのハードコアテクノまたはデステクノと呼ばれる類の音楽でした。
 初めて聞いたとき、あの特徴的なシンセフレーズに一発で虜になり「何この音楽?!」と大興奮してました。これまで聴いてきたTMやゲーム音楽やダンスミュージックとは一線を画す、シリアスなようで何気にバカっぽくて痛快でカッコいい曲だと感じ、こういう曲ってどう探したら聴けるんだ?とは思ったものの、買ってきたテープには曲名と名前しか載ってないし、ジャンルもわかんないし、当時はインターネット自体一般的ではなかったので、気にはなっていたもののしばらくはほったらかしにしていました。
 ですが、    後日次兄の方が「このCDヤベえぞ」と持ってきた「JULIANA'S TOKYO」にその答えがありました。日本ではいわゆる「ジュリアナ系」とされる音楽だったわけですね。そんなわけで、そのCDシリーズの中で「ANASTHASIA」(T99)とか「Out of space」(the prodigy)なども出会いました。

 その頃の日本のポップスシーンといえば、いわゆる「ビーイング系」と言われるバンド等が大活躍。WANDSやT-BOLANやZARDなどがカウントダウンTVでヘビーローテーションされている時期です。僕はどうにもそっちの曲にはなじむことが出来ず、ついに中学生らしい「日本のポップスなんて聴いてらんねえよ」こじらせが大爆発します。いや当時のB'zもビーイング一派だったんですけどねえ。
 中学生らしいこじらせというより単に馴染めなかったというくらいの理由で、この頃はTMNにB'zに筋少にジュリアナとなんだかよくわかんない振り幅で曲を聴き漁ります。

 で、この頃に僕にとっての重要な出会いの一つがありました。僕がラジオジャックリスナーの友達とラジオの話題で盛り上がっていると、そこに割り込んできたC君という男が「今いちばん面白いのは電気グルーヴだ」と語りだしたわけです。
 電気グルーヴ・・・実はその当時既に知ってはいました。というのも、TMNのシングル「RHYTHM RED BEAT BLACK (Version 2.0)」のジャケットでCAROLのコスプレしてて、ヘンチクリンなラップでカバーしてたんです(この経緯もまた面白いので是非検索してみてね) その事を話すと「いや、笑えるって意味でも面白いんだけど、番組中に紹介するテクノがカッコいいんだ」と電気の3人が雑誌のインタビューでふざけたおしてるページを振り回しながら熱弁されました。この会話が、僕が人生で初めて「テクノ」というジャンルを意識した瞬間でもあります。
 で、その時に彼から電気グルーヴのアルバム「UFO」と、かの名盤「Selected Ambient Works 85–92」(Aphex Twin)、そして「Garden on the Palm」(Ken Ishii)を貸してもらったわけです。これが僕の今のルーツになっています。実はこの時には電気の方はあんまりピンときてなくて、この2枚はしばらくヘビロテしてたなあ。

 そこから一気にテクノへの興味が湧き始め、そのC君と「こうなったら過去の名盤っていうのを聴いてみたいんだけど、そうなると誰のを聴けばいいんだろうね?」と話し合った結果「やはりここは電気のラジオでも名前が挙がるYMOって人を聴けばいいんじゃないのか」という結論に。YMO、なんか聞いたことあるなー、ということでレンタルCDを探してみますが、僕が良くいくショップでは見つけられず。
 それから数週間後たまたま那覇に遊びに行けたので、同行していた父に「これ聴いてみたいんだけど買ってくれる?」とおねだりしたら、普段はすぐに首を縦に振ることは無い父も「・・・ああ、これだったら良いよ。しかし懐かしいの欲しがるなあ。」とすんなりOKしてもらえました。そうして買ったYMOのアルバムが「テクノデリック」です。
 説明不要かとは思いますが、YMO(イエロー・マジック・オーケストラ)はいわゆるテクノポップ最初期の中心的グループで、1978年11月にデビューアルバムを発表(ゲームだけじゃなくテクノもこの年から始まったのでした)、国内では「RYDEEN」が社会現象を起こすほどの大ヒットとなり、後に世界中のテクノミュージシャンにも影響を与えたとされる伝説の3人組です。「テクノデリック」は通算6枚目のアルバムで、端的に言うとかなーり渋い曲が多いんですが、AphexTwinやKen Ishiiとも、当然ジュリアナ系とも全然違う、独特の音の質感にとても惹かれていくのでした。痙攣の運動~。

 という感じで、どうにもその頃のヒット曲に乗っかれずこじらせてしまっているところにテクノを聴いてしまい、後戻りができないくらい横道に逸れていってしまいますが、さらにこの時期にもうひとつ、僕の人生において非常に大きな転機が訪れます。それは中学2年生から3年生に上がる1993年3月、東京出張から帰ってきた父がお土産にくれたパソコン用のモデムから始まります。

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